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『聖書』から考える タコピーの『原罪』とはなにか

最近話題沸騰中の
『タコピーの原罪』の考察です。
 
タコピーの「原罪」とは
「殺人」ではないのではないでしょうか。
 

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※8話までのネタバレを含みます。
 
 
 
 
【目次】

【登場人物の種類】

「タコピーの原罪」(以降、作品名をタコピーの原罪、登場人物としてのタコピーをそのままタコピーと表記する)には3種類の主要人物が存在する。
 
「タコピー」
 
「子供(しずか、まりな、東)」
 
「親」
 
これを念頭に以下の話を読んでいただきたい。
 

【『タコピーの原罪』とは】

『タコピーの原罪』とは宇宙人のタコピーが降ってきて、しずかちゃんと出会い、タコピーがしずかちゃんを笑顔にしようと「ハッピー道具」なる異質な道具を使った結果、全てが裏目裏目になり、名前が明かされている登場人物ほぼ全てが不幸になっていく漫画。
しかしタコピーはただのトリガーに過ぎず、不幸の原因ではない
しずかちゃんが笑顔になれないのは「父親がいないこと」と、「まりなちゃんに虐められていること」が主な原因であり、まりなちゃんがしずかちゃんをいじめるのは「親がまりなちゃんを見ていない」から「寂しい」のが原因だ。
それが彼女たちが不幸になった原因であり、そこにタコピーは関与していない。タコピーはその怨嗟の連鎖反応を早めてしまっただけに過ぎず、タコピーが存在しなかったとしても高確率で彼女たちは不幸になっていただろう。
 
仮にしずかちゃんが笑顔でいられたなら、事故なんて起きることはなく、まるでドラえもんの世界のように、同級生たちとタコピーは「ハッピー道具」を使って未知の冒険にでも出かけていたかもしれない。
じゃあタコピーの「原罪」とは
人を殺したことなのだろうか?
 

【原罪】

タコピーが犯した「原罪」について考える前にそもそも「原罪」とは何かについて我々読者は知らなければいけない。
 

⦅聖書における原罪⦆

聖書では人類の始まりの人間、全人類の祖先には「アダム」と「イブ」の男女2人が居たと考えられており、彼らは『蛇』にそそのかされて食べることを禁じられていた果実を食べてしまった。その行動が神の逆鱗に触れ、「アダム」と「イブ」は罰を受けた。そして罰はその子孫である我々人間全てに受け継がれている。
これが聖書における「原罪」(諸説あり)
つまり人類の祖先である「アダム」と「イブ」が犯した『裏切りの罪』が私や貴方の「原罪」であり、例えば私が誰かを殺したとしてもそれを「原罪」とは呼ばない。ただの「罪」だ。
 
これをタコピーの原罪にも
当てはめて考えてみよう。
 

【タコピーとアダムとイブ】

「ハッピー道具はハッピー星人の目の届く範囲でしか使ってはいけない」
これがハッピー道具の「掟」
アダムとイブが命じられた「果実を食べてはいけない」という掟とかなり似ている。そしてタコピーはしずかちゃんにそそのかされてこれを破った。
聖書的に考えればこれが
「タコピーの『原罪』
 
仮にこんな物語だったとしたら「タコピーの原罪」とは、どのように読み解けるのだろうか。
 

【タコピーの『原罪』】

タコピーは人を殺した。タコピーは人間ではないが、おそらく「ハッピー星人」は1話冒頭でタコピーが説明している通り、「宇宙にハッピーを広めたい存在」だろう。ならばタコピーが行った事は人間社会にとっても、ハッピー星人社会にとってもおそらく「罪」と呼ばれる悪い行為なのだろう。
 
しかしタコピーだけが悪かったのだろうか?
仮に何もせず傍観していたらまりなちゃんがしずかちゃんを殺していたかもしれない。それにまりなちゃんが殺さずともしずかちゃんは自殺してしまっていただろう。それが良い事であるとはとても思えない。
かといって暴力を用いずにまりなちゃんを止めることが出来ただろうか?あの場は頑張れば切り抜けられたかもしれない。しかし原因が解決しない限り明日、明後日と似たような事は続くだろう。仮にタコピーがIQ53万位あれば、「ハッピー道具」を駆使してまりなちゃんの家庭も、しずかちゃんの家庭も、当人たちすらも救えたかもしれない。円満な家庭を作れていたのかもしれない。
 
でも彼女たちを救えば、しずかちゃんと接点が薄くなる東くんは見知らぬところで病んでいるだろう。病んだ人間がふとしたきっかけで狂ってしまうことは「タコピーの原罪」を読んできた我々は知っている。まりなちゃんが襲わずとも東くんが襲ってきて、タコピーに殺されたかもしれない。
じゃあ東くんもまとめて助ければ「タコピーの原罪」はハッピーエンドを迎えられたのだろうか?おそらくNOだ。見知らぬ所で病んでいる人間が東くんだけとは限らないからだ。東くんの隣に座っている人間も東くんと同じ境遇なのかもしれない。その隣も、そのまた隣も東くんと違うとは言い切れない。そんな病んだ人間がしずかちゃんを追い詰めれば、タコピーはその人間を殺すかもしれない。
今回はたまたまタコピーがまりなちゃんを殺したが、東くんを殺してしまう可能性や、他のクラスメイトを殺してしまう可能性、もし先に出会っていたのがまりなちゃんだったなら、しずかちゃんを殺していた可能性すら存在したのだ。
じゃあ誰が悪かったのだろうか?
 
勿論どんな環境にあったとしても人を殺したり、人を虐めることは罪だ。しかし虐めることを罪とするなら、まりなちゃんやしずかちゃんを追い詰めた両親だって罪人だ。
じゃあ親が悪いのだろうか?
でも親がそんなことをしてしまったのもまた「環境」による影響かもしれない。親の親が酷い人間だったとか、親の友達が酷い人間だったとかかもしれない。まりなちゃんの親だってまりなちゃんやしずかちゃんと同じ境遇で育ったのかもしれない。
親も、親の親も、親の親の親の親すらも悪いのかもしれない。
つまり誰が悪いかなんて
「分からない」
そんな罪の元、罪の原因になる罪、「原罪」を挙げるとすれば「アダムとイブ」のような始まりの人間と考えられるのだろう。始まりの人間がなにか罪を犯したからその子供も、そのまた子供も影響を受けて罪を犯すのかもしれない。
 
じゃあタコピーの
「殺人」だったとして、
タコピーの「原罪」とは
なんだったのだろうか。
 
それは自分の環境という「原罪」に抗えず優しくいられなかった、全ての人間たちで作り上げられた「環境」ではないだろうか。まりなちゃんの親が環境という「原罪」に抗い、人に優しくいられたなら、まりなちゃんは優しくしずかちゃんと接しられたのかもしれない。子供に酷な事だとは思うが、まりなちゃんが環境という「原罪」に抗えていたなら、しずかちゃんに優しくいられたのかもしれない。
人が狂うのは歪んだ「環境」のせいなのだとしても、そんな世界で皆がハッピーだったなら、タコピーは誰も殺さなかったかもしれない。それでもタコピーに「原罪」を見出すとするならば、アダムとイブのように無知で純真で人の悪意を分からないまま力を持ち、その力の「掟」を唆されるままに破ってしまったこと、「罪」「悪」を知ってしまったことなのだろう。
 
しかし、我々人間が「アダムとイブ」なんていう直接関係ない遥か遠い「先祖の象徴」の罪を背負っていると言われるように、タコピーは我々人間の原罪によって罪を犯してしまった。
 
あの世界の人間は他者を誑かす
「蛇」になった。
 
これは揺るぎようのない事実だ。
 

【今後の展開】

ジャンププラスで読むことの出来るタイザン5先生の過去の読み切りを読むに、問題提議で終わるタイプの作家性であるとは考えにくい。それに対する己の、あるいは作中のキャラクターの答えを曲がりなりにも明示する作家性であるように感じる。ならばこの「タコピーの原罪」にも先生なりの答え、結末が存在するはずだ。
単純に考えれば「原罪」からの脱却。つまり他者に優しくするというのが落とし所としては可能性が高そうに見える。しかし最新話までを見るにタコピーは原罪を犯し、まりなちゃんの死体は発見され、しずかちゃんはどんどん狂っていく。仮に事件前まで時間を戻せたとしても、タコピーがたった1匹の犬すら救えなかったように、しずかちゃんの元気がない原因を全て取り除くのは不可能に近い。つまりもう「しずかちゃんが主人公の世界」既に詰んでしまっていると言える。
 
「原罪」に抗えなかった人間たちの成れの果て、人間が聖書における他者を貶める「蛇」へと成り下がった世界、しずかちゃんというただの子供を「蛇」にしてしまった世界。それはもう破滅する他無いのではないだろうか。
「タコピーの原罪」とは我々読者が「蛇」を生み出さないための、よくできた「悪い手本」なのではないだろうか。
 
「ハッピー星人(タコピー)」が人間によって刻まれた「原罪」に抗い、次の「人間」にならない事を、詰んだ世界でもしずかちゃんとタコピーが幸せでいられることを、我々現実の「人間」が「蛇」を生み出さない事を、ただひたすらに祈るばかりだ。
 

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