amedotのブログ

呪術廻戦の考察を主に書きます

【呪術廻戦】胎蔵遍野は羂索、夏油傑、虎杖香織。誰の領域でもありません。

胎蔵遍野は誰の領域でもありません。
ただ、それだけの考察です。
ネタバレ範囲は0~30巻です。

 

【目次】

 

 

【卓に着こうぜ】

まず、基本的な情報をまとめよう。

≪領域展開とは≫

領域展開とは、基本的に
結界生得領域(心の中)術式
で構成されている。
結界の中に生得領域を描き、
結界に術式を付与し、発動する技である。

≪術式情報≫

羂索の術式は、
「脳を入れ替え、死体に乗り移る術式」

夏油傑の術式は、
「呪霊を操る術式(呪霊操術)」

虎杖香織の術式は、
「重力を操る術式(反重力機構)」

さあ、(考察の)卓に着こうぜ。

【誰の領域か】

呪術廻戦23巻/芥見下々

胎蔵遍野は誰の領域なのか。
これを考える前に、
何をもって誰の領域かを考える必要がある。

領域の個性は2か所存在する。
・領域内の必中術式の効果
・生得領域の様相
つまりこれらが誰由来か考えれば、
「誰の領域か」が判明する。

【必中術式の効果】

胎蔵遍野の効果は明記されていない
が、領域展開後の羂索を見ればわかる。

領域展開終了後、
領域に付与された術式は焼き切れる

呪術廻戦23巻/芥見下々

羂索は領域展開後、ステゴロで九十九と戦い、羂索の術式の焼き切れが回復するまでの時間を稼いでいた

つまり、
・羂索は付与する術式を選択可能
 (乗っ取り術式が焼き切れないため)
・胎蔵遍野には呪霊操術と反重力機構が付与されている
 (選択可能なのに両方が焼き切れているため)

これらが確定している。
 つまり、胎蔵遍野の必中術式の効果は
「呪霊操術」と「反重力機構」
の二種の術式が付与されている。

【生得領域の様相】

羂索の術式を使った術師が、
領域を展開した場合、
生得領域の様相はどうなるのか。

呪術廻戦29巻/芥見下々

類似事例として存在するのが乙骨
五条の肉体に入り無量空処を発動した
その時の生得領域は五条のときのまま。

じゃあ肉体と生得領域がイコールじゃん!
と言いたいところだが、問題点が1つ。

領域効果と生得領域がイコールの可能性

≪領域効果≫

五条に入った乙骨(通称ゴジョータ)は、
確かに五条と同じ生得領域だった。
一見肉体情報と生得領域の対応関係のように見える。


しかしその場合宿儺はどうなるのか。
宿儺恵の身体虎杖の身体
どちらでも同じ生得領域を具現化可能
肉体情報と生得領域がイコールでない反例と言えるだろう。

呪術廻戦30巻/芥見下々

そして、虎杖と宿儺の領域は
全く別の生得領域である。
つまり、術式と生得領域も対応しない

であれば生得領域は何と対応するのか
「領域効果」ではないだろうか。

「領域効果」「生得領域」
これらが対応するなら、
・ゴジョータと五条が同じ生得領域
 (同じ肉体、同じ生得領域)
・宿儺がどの肉体でも同じ生得領域
 (別の肉体、同じ生得領域)
・宿儺と虎杖が別の生得領域
 (同じ術式、別の生得領域)
どの説明もつくはずだ。

そして胎蔵遍野は前述の通り、
呪霊操術と反重力機構が付与された領域

領域効果と生得領域が対応関係にあり、

胎蔵遍野には複数の術式を付与している。
つまり生得領域も混ざっているはず。


これを誰の領域とするのか。
強いて言うなら術式を合成した羂索だが、
しっくりこないのも事実である。

よって、
「胎蔵遍野は誰の領域でもない」

 

【余談】

≪心のようなモノちゃうんかい≫

呪術廻戦2巻/芥見下々

宿儺は生得領域をこう称した。
「心の中のようなもの」
しかし、前述の通り、
全ての情報を照らし合わせた場合、
領域効果と生得領域が対応することになる。
つまりゴジョータは五条と同じ心と言える。

「いや、流石におかしいやろ」
そう思うかもしれない。
でもおかしくないのである。

虎杖の死後、宿儺と会話した生得領域、
伏魔御厨子で具現化された生得領域
これらは似ているが完全に同じではない。

呪術廻戦2巻/芥見下々

虎杖と会話した領域には、
伏魔御厨子の建物?が存在しない。

つまり領域で具現化される生得領域は、
具現化時に少し変容している。
分かりやすく言えば、
心が在中する生得領域と、
領域に合わせ変容した生得領域
これらが別に存在する。

つまり、ゴジョータは、五条の生得領域と乙骨が五条に居る時の生得領域は違うだろうが、変容後の領域に描かれた生得領域は同じだったのだろう。

【呪術廻戦】簡易領域は、密教の三密(身密・口密・意密)、印相が起源

簡易領域。
呪術全盛の平安時代に生まれた、
領域展開の必中効果を中和する術。
弱者のための「領域」

なぜ、これが生まれたのか。
それは密教のせいである。

ネタバレ範囲は0~30巻です。


【目次】

 

 

 

【領域展開】

まず、領域展開とは何か。
①結界を展開し、
②その中に生得領域を描き、
③術式を付与する。
これが基本的な領域である。

領域内では
・必中、必殺化した術式
・能力の上昇した術者
これが襲うことになる。

どちらか片方でも決定打となり得る。
それが(領域次第で)両方
正に必殺技
しかしそれは十全な領域、
現代の領域の話である。
(領域の分類など、詳しい話は⇓)

【呪術廻戦】落花の情、展延、彌虚葛籠、体内領域、簡易領域の違い完全解説 - amedotのブログ

 

【昔の領域】

呪術廻戦19巻/芥見下々

現代の領域は必中必殺が基本。
故に困難。故に使用者が少ない。

天元曰く、
昔の呪術師は必殺要素を省いていた。
だからカジュアルに領域展開を使えていた。

じゃあ、いつから、どうして、
必殺を付与した領域が流行ったのだろうか?

【密教と印相】

史実の西暦800年頃、
空海と最澄により広まった思想「密教」
仏教の一つの流派である。

その中でも最も特徴的なモノが「即身成仏」という考え方であり、これは修行の末に「今の身体のまま仏に成る」というモノ。

本来仏教は輪廻転生、生まれ変わって、
徐々に仏へと至ろうとする。
しかしそうではなく、今の肉体
今の人生で成る
それこそが密教

仏に近づかんとする方法が「三密」
身密
⇒手で印相を結ぶ
口密
⇒口で真言を唱える
意密
⇒心に大日如来を思い浮かべる

この三つを行うこと。
そう、領域展開と酷似している

印を作り
領域名を唱え
生得領域(精神)を想い浮かべ具現化
これにより限定された空間の創造神となる。

つまり、宿儺や五条の使うような印を組む領域は密教の影響を強く受けており、なんなら密教が広まるまでは印を組む領域が存在しなかった可能性すらある。

そして五条や宿儺が使っているなら、
印を組む領域は優れているはず。

そして天元が言うには
「昔の術師は必殺要素を省くから
現代より領域使いが多い」

これらの情報を総合すれば、
800年ごろ、密教の広まりにより、
印相を組む領域展開使いが現れ、
領域展開が飛躍的に進化した。
と考えられる。

 

【弱者の領域】

前述の通り、800年代の密教の広まりにより領域が進化したのであれば、1000年頃には必殺要素の含む領域がかなり広まっていたはずだ。

なら簡易領域が生まれた理由も明白。

呪術廻戦19巻/芥見下々

必殺の無い領域使いを相手するなら、
立ち回り次第で何とでもなる。
しかし、密教により領域が進化し、
必中必殺の領域が増えたことで、
領域を持たない弱者の立場が悪化
必中効果を中和する簡易領域が考案される。

まぁ簡易領域は有用な技能なので、
その技術が独占された現代において、
使える呪術師は、
・独占している側
・継承されなくても見まねできる強者
この2種類、
つまり強者が使う技術になったわけだが…

 

【呪術廻戦の歴史考察】

amedot.hatenablog.com

 

【呪術廻戦】史実の歴史と併せて考察する年表

ドルゥブが活躍した弥生時代。
天元、宿儺が活躍した平安時代。
鹿紫雲、石流が活躍した江戸時代。
御前試合の行われた慶長時代。
そして現代。
呪術廻戦本編開始前、
日本でどのような出来事が起きたのか、
年表にして考察していく。

ネタバレ範囲は0~30巻です。



 


【目次】

 

 

 

【年表】

まずは年表を貼り、解説を後述していく。

 

【縄文~弥生時代(紀元前)】

≪神道≫

このころから日本では神道のような、万物に神が宿るとする信仰が発生したとされている。
これは呪力に魂が宿る呪霊の成り立ちと非常によく似ており、相性の良い思想であり、故に日本に呪霊があふれ始めたのかもしれない。
詳細は以下の記事で考察している。

amedot.hatenablog.com


【弥生時代(紀元後)】

≪呪力溢れる地≫

倭国大乱を収めたドルゥヴ
彼は乙骨に瞬殺されてはいるが、石流、烏鷺、黒漆死と竦みの関係にある実力者である。
それほどの実力者が生まれる土壌なのだとすれば、この時代から日本には呪力があふれ始めていたのではないだろうか。

 

【古墳時代】

≪史実の両面宿儺≫

仁徳天皇の時代(西暦313~399年)、
史実の両面宿儺が討伐される(日本書記)
ご存じの通り、呪術廻戦作中の宿儺は「両面宿儺と呼ばれているだけの人間」であるため、史実の宿儺とは別人である。

 

≪天元誕生≫

天元の過去の肉体(星漿体)は3人
そのうち天内は受肉に失敗しており、
天元の肉体は500年で限界を迎える

つまり
本来の肉体、星漿体 ①、星漿体 ②
500年×3体=1500年
これが天元が生きてきた最長の期間。
星漿体 が同化する前の寿命が同化後から引かれる可能性があったり、同化時期がきっかり500年だとは考えられないので、実際はこれより短いだろう。
(例えば、20歳の星漿体と天元が同化した場合、天元が自我を保つことのできる残りの寿命は480年なのか、500年なのかという話)

 

≪呪術の進化≫

このころ暦法(陰陽道に繋がるとされる学問)が伝来したこと、結界の名手である天元の誕生によって、ただの才能でしかなかった「呪術」が徐々に体系的な「技術」としての側面も持ち始めたのではないだろうか。

 

【飛鳥時代】

≪律令令と陰陽寮≫

このころから陰陽寮があったとされる律令令が施行される。

陰陽は呪術と同一視されることが多く、このころから呪術廻戦日本における「負の念(呪力)」が呪術と結びついたのではないだろうか。

 

【奈良時代】

≪古事記、日本書紀≫

日本古来の神話や日本国の成り立ち
それが描かれたのが「古事記」「日本書記」

古事記には、
八岐大蛇(ヤマタノオロチ)伝説、天逆鉾

日本書紀には
八岐大蛇伝説、天逆鉾、
史実の両面宿儺討伐
が描かれている。
ちなみに、日本最古の相撲も描かれている。

 

【平安時代】

≪密教の三密と領域展開≫

密教。
歴史で有名な空海と最澄が広めた思想。
最も特徴的なものが「即身成仏」という考え方であり、これは修行の末「今の身体のまま仏に成る」というモノである。

仏に成る方法は「三密」
身密
⇒手で印を結ぶ
口密
⇒口で真言を唱える
意密
⇒心に大日如来を思い浮かべる

この三つを行うこと。
そう、領域展開と酷似している。

印を作り
領域名を唱え
生得領域(精神)を想い浮かべ具現化。
これにより限定された空間の創造神となる。

この密教の広まりによって以前から存在していた呪術体系が進化し、簡易領域を生み出さざるを得なくなったのではないだろうか。

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≪十種神宝と十種影法術≫

十種影法術の元ネタは十種神宝
その十種神宝は旧事紀に記されている。
記された時期は901~923年頃。
十種影法術が先に生まれ、
その後十種神宝が記された。
そう考えることもできるが、
術式はモチーフが明確に存在することが多いので、旧事紀が先と考えるのが自然だろう。

amedot.hatenablog.com

 

≪宿儺が実在した時期≫

呪術廻戦に登場する宿儺が
実在した時期は「千年以上前」
1100年前、1200年前。
これを千年以上前と評するとは考えにくいため、せいぜい西暦900年~1018年あたりに実在していたと考えられる。
そう仮定した場合、日本三大怨霊と同時期の生まれであると推測ができる。
そのころには
・藤原秀郷
・安倍晴明
・蘆屋道満
・酒呑童子
このあたりの有名な人物も存在している。

呪術廻戦におけるこれら史実の人物の活躍は謎だが、交流会の呪霊の頭に張られていた呪符を見るに、少なくとも安倍晴明と蘆屋道満は呪術廻戦日本にも実在していたはずだ。

 

≪宿儺は術師総力と戦った≫

宿儺は術師総力を相手に勝利した。
「術師総力」
ここに野良呪詛師が含まれるとは考えにくい。
戦う理由がないからだ。
体制側、統率の取れた軍の可能性が高い。
となると、当時権力最盛である藤原家の直属部隊以上の軍が当時存在したとは考えにくい。
「日月星進隊」、「五虚将」
もちろん、それら以外の軍とも戦ってはいただろう。しかし、その最高峰は藤原家直属のこれらだったのではないだろうか。

 

【鎌倉時代】

≪アイヌ文化≫

12世紀頃、アイヌ文化が発生している。
これ以前から本土に呪術師は多くいたはずなので、北海道にも術師は居ただろうが、それらがアイヌ呪術連になったのはこれ以降だろう。

 

≪神風と元軍≫

日本軍は元(モンゴル)の進軍を退けた。
その際、台風のような気候変動がピンポイントで発生しこれのおかげで退けられた。これを「神風」とした逸話が存在している。
呪術世界の日本ではこれは術式だったのではないだろうか。
(知らんけど)

 

【室町時代】

≪天元二度目の受肉≫

2007年頃天元は肉体の限界を迎え、別次元の存在へと進化している。天元の肉体は500年しか持たないため、1550年頃、天元は二度目の受肉を行ったと考えられる。

 

【安土桃山~江戸時代】

≪慶長の御三家御前試合≫

五条家、禪院家当主同士の御前試合。
慶長1596~1615年
流石に当主同士の試合をポンポンやれるわけないので、かなり特別なタイミングで行われたと考えられる。また、「御前試合」は将軍などの前で行われる試合を指すことが多い。
となるとタイミングは限られる。
・豊臣秀吉による醍醐の花見(1598年)
・徳川家康により江戸幕府開府 (1603年)
この辺りだろう。

 

≪彌虚葛籠の継承≫

鹿紫雲彌虚葛籠を使用できたため、この時期までは継承されていたと思われるが、現代の術師に使用者が居ない(確認されていない)ため、どこかで継承が途切れている可能性がある。

 

≪鹿紫雲と御三家≫

鹿紫雲の好戦的な性格と超攻撃的な能力から考えて、御前試合を行った御三家とは戦ったことはなさそうである。
御三家は京の出身であるし、当時の情報伝達速度を考えれば、時代が違うなら知らなかったのも無理はない。

 

≪プチ呪術全盛の時代(?)≫

鹿紫雲、石流、
五条家(六眼+無下限)、禪院家(十種影法術)
これらが確実に存在した時代、平安や現代とまではいかずとも、呪術が栄えた時代なのではないだろうか。

 

【明治時代】

≪アイヌ民族との同化政策≫

1800年代ごろから日本政府によってアイヌ民族との同化政策(アイヌ民族としてではなく、日本人として生きていくための政策)が行われた。
つまりこの頃からアイヌ民族は名実ともに日本人として生活していくことになっている。アイヌ呪術連が発足したのであればこれ以前だろう。

 

【大正~昭和時代】

≪五条悟降誕≫

星漿体と天元の同化に合わせ、
六眼持ちの五条悟が誕生。
つまり、
世界大戦、戦国時代、平安時代と、
世が荒れたタイミングで六眼と天元の因果が発露している。

 

【元ネタ集】

amedot.hatenablog.com