amedotのブログ

呪術廻戦の考察を主に書きます

【呪術廻戦】宿儺が見逃したのは遍殺即霊体の本当の強さ故に

真人の奥義
「遍殺即霊体(へんせつそくれいたい)」

この技の「硬さ」というものは、
ただの「結果」で、「本当の強さ」
『宿儺が真人を見逃した理由』
これと一致するのではないでしょうか。

呪術廻戦の世界において「最強」なのは赤ちゃんのような無駄なしがらみのない「自由さ」をもった奴なのです。

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ネタバレ範囲は1~15巻です。特に渋谷事変編の重大なネタバレを含みます。ご注意ください。

 

 

Creeepy Nuts『かつて天才だった俺たちへ』を聞くと、より言いたいことが分かりやすいと思います。

www.youtube.com

 

 

【目次】

 

【最強たちの共通点】

呪術で「最強」と描かれているのは3者。

千年前の呪術全盛の時代
術師が総力で勝てなかった宿儺

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呪術廻戦1巻/芥見下々


現代に産まれ百戦錬磨
「世界の均衡」を変えた五条悟

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呪術廻戦11巻/芥見下々

 

自然呪霊の(リーダー)

現代最強の呪霊と言える真人

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呪術廻戦14巻/芥見下々

 

彼ら「最強」には共通点がある。

「自由」なのだ。

もちろん物理的な話ではない。
物理的に考えれば宿儺は虎杖に囚われているし、五条は保守派を含む上層部によって理想を実現することができない。

「心」の話だ。

 

天上天下唯我独尊』

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呪術廻戦9巻・4巻/芥見下々

この場合は「天の上にも天の下にも(この世界の中で)自分はたった1人だけで特別である」そういった意味で使っているのだろう。これこそが「自由」だ。わかりにくいので「彼ら」の言葉を借りて説明する。

 

『「寄り合い」で自らの価値を計るから皆弱く矮小になっていく』

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呪術廻戦14巻/芥見下々

他者のものさしで自分を計り限界を勝手に自分で定め、その結果自分のしたいこと(飢え)に蓋をして計画遂行に徹した漏瑚。これはまさに天上天下唯我独尊』。自分が「たった一人の特別な存在」だと考えるなら、他者の評価で自分の価値を計る必要はない。「自分には価値がない」「自分は特別ではない」のではと考えるからこそ、他者の評価が気になる。
漏瑚の場合は「人間」という地球を我が物顔で歩く存在に成りたかった。しかし「我が物顔」で歩くだけなら誰だってできる。そうではなくて世界に「認めて」欲しかった。漏瑚は地球を我が物顔で歩く人間のよう「強い」存在であると。特別であると。故に真の強者である宿儺の「評価」で彼は涙を流した。

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呪術廻戦15巻/芥見下々

彼が求めた「本物の強さ」「真実」は彼が執着した「評価」の前にあるもので、「評価」はただの結果に過ぎなかったことを彼は見失ってしまっていた。本当に「真実」を求めるなら、「評価」を求めるのなら、漏瑚は「評価」から自由になるべきだった。「飢える」べきだったのだ。

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呪術廻戦2巻/芥見下々

 

『花御ってさ 本当はもっと強いんじゃない?』

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呪術廻戦6巻/芥見下々

花御は「本物の強さ」を人間に求めた漏瑚とは違う。彼は人間を消し地球を守ろうとした。それが彼の「譲れない物」。そのために戦う。しかしこれは彼の嫌悪する人間と似ている。人間はホモサピエンスの時代から譲れない物のために多種属、時には同じ種で戦ってきた。そして今、人間の牙は自然に及んできている。花御が戦闘を過程としてしか認識できなかったのはこのせいだろう。

自分が大切にする「地球」を傷つける「人間」が嫌い。だから嫌いな「人間」が行っている「戦闘」なんとなく好ましくない。しかし戦闘しなければ、勝たなければ理想は実現できない。だから過程だと割り切って戦う

だが「地球を守る」ことと「戦う」ことは矛盾しない。つまり花御が戦いを避ける理由は「嫌いなあいつが好きなものはなんとなく嫌」という何の意味もない制限不自由さだけだ。

だから彼は戦いを楽しみ始めた後の方が強そうでイキイキしているのだろう。戦いを「なんとなく」避けることをやめて、少しだけ「自由」に成れたから。

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呪術廻戦6巻/芥見下々

 

しかし変には思わないだろうか。

「呪術」には「縛り」という「不自由さ」に変える方法がある。現に天与呪縛のフィジカルギフテッドは術式を失う「不自由さ」の代わりに圧倒的な身体能力を得る。術式だって情報を開示する「不自由さ」強さに変えることができる。じゃあどうして彼ら自由なんだろうか。

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呪術廻戦3巻/芥見下々

「縛り」という
「不自由さ」によって
強く成れるのなら、
自由人は弱くあるはずではないか

 

【かつて天才だった俺たちへ】

ここまで読めば呪術廻戦において「自由さ」強さであることは理解していただけたと思う。しかし「何にも縛られないやつが最強」と芥見先生が言いたかったとは思えない。

そうであれば最強と何度も念を押されている五条は、わざわざ弱者を助けない「呪術」という作中における「力」「縛りによる強化」なんて設定をつけるはずがない。虎杖に「遺言」という不自由さを幾つも重ねるはずがない。

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呪術廻戦1巻/芥見下々

だとすれば「縛り」と花御が自分に課したような「意味のない制限」は違うはずだ。一見複雑なように思うかもしれないが話は単純で、「縛り」には意味があって「意味のない制限」には意味がない。

誰でもわかるよう、勉強にたとえてみよう。


「縛り」
とは「10時間勉強する」
こと。
「意味のない制限」とは
「勉強時間は設定せずゲームを1日1時間にする」
こと。

前者の不自由さは学力に変わる。しかし後者はどうだろうか。ゲームの時間を減らされたので勉強しようとなる人間はそんなことしなくても勉強をする。多少寝不足が改善されても基本的に学力は変化しない。

「縛り」という「意味がある制限」は人間という種の特徴だ。動物が自らの意志で自分に1日10時間○○をするという制限をかけることはおそらく不可能だろう。この「不自由さ」は人間を人間たらしめている。

「意味がない制限」「呪い」「しがらみ」と言い換えられる。本質を見失い、形骸化し、「意味」やそこに込められていたはずの「意思」すら消えた「しがらみ」もまた人間特有だろう。「呪い」を行うことができる動物が居ないように。

「ゲームは1日1時間」だってそうだ。おそらく嫌がらせとしてこれを言っている人間は限りなく少ない。ゲームをやめて勉強や運動をして欲しいから言っているはずだ。しかし何かをさせるためという本質を見失ってしまっている。

 

問題は「本質」
もう一度思い出して欲しい

 

天上天下唯我独尊』とは何か
「自由」とは何か

 

それは宿儺のように他者の評価ではなく「自分のものさしを大切にして動く」こと。真人が言うように「自分に意味のない制限をかけない」こと。前述したことと矛盾したように聞こえるかもしれないが、「不自由だから弱い」のではない。確固とした「意志」「意味」もなく、他者という「環境」によって、ただなんとなく「勝手に不自由になっている」から弱いのだ。

「しがらみ」

「縛り」

成り損なっている

 

【遍殺即霊体の真の強さ】

彼は黒閃を経て剝き出しの魂を理解し
「遍殺即霊体」に目覚めた。

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呪術廻戦15巻/芥見下々

その姿は一番硬い原型より200%も硬い。

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呪術廻15巻/芥見下々

真人は自分に正直だった。
かといって彼は無鉄砲な馬鹿だったわけでもない。「呪いの時代を作る」という「信条」、「意味がある制限」を反故にするつもりはない。故に五条封印に手を貸した。しかし彼は虎杖悠仁を殺したい。その魂の声も無視するつもりはない。だから五分で勝てるならと虎杖殺害に向かった。

彼はあくまでそれが望みだから呪霊に手を貸し、それが望みだから虎杖を狙う。

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呪術廻戦11巻/芥見下々

彼は自分に「しがらみ」なんてものを作るつもりはさらさらない。自由で自分本位。だから宿儺は渋谷で短い時間だったとはいえ生得領域に侵入されてもどこか楽しそうな顔で居たのだろう。「不快」ではなかったのだろう。
真人が漏瑚とは違い、
自分のように「自由」だったから。

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呪術廻戦15巻/芥見下々

誰でも多少は「しがらみ」を持つ。
それは無くせないのだろうか。
否、そんなことはない。
誰だって人生で2度はそれを無くす

「生」と「死」だ。

産まれてすぐの赤子に「しがらみ」なんてものは存在しない。死んだ後にも存在しない。

だから真人は「死」という「しがらみ」のないありのままの姿を映す「鏡」であり

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呪術廻戦15巻/芥見下々

真人は最後の「しがらみ」である「虎杖との因縁」を断ち切ることで真に「生まれ堕ちる」のだろう。

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呪術廻戦15巻/芥見下々

「剥き出しの魂」とは「しがらみ」を極限に減らした、まるで赤子のような状態の魂のことだったのだろう。五条や宿儺のように「しがらみ」から自由になったから彼は強くなったのだ。「遍殺即霊体」によって強くなったのではなく、強くなったから「偏殺即霊体」が使えるようになった

強さ「結果」に過ぎない。

 

「遍殺即霊体」
『本当の強さ』
「硬さ」ではなく
「自由」になったこと。


宿儺が何故真人を逃がしたのか。
なぜ彼ら「最強」は強いのか。
なぜ遍殺即霊体を使えたのか。
全てはそこに在る。

 

【余談】

宿儺や五条は天上天下唯我独尊』自分は特別であると言っていて、故に2人は自由だったが、真人は真逆の発想からそこに行きついているのが非常に面白い。

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呪術廻戦9巻/芥見下々

真人は「般若心経」のように「存在」ということの無意味さ、無価値さを説いた。そして、だからこそ自由でいて良いと言った。

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呪術廻戦3巻/芥見下々

「自分を特別と考えてしがらみを捨て自由になった2人」「自分は無意味であると考えてしがらみを捨て自由になった真人」。真逆の思想なのに行きついた先や本質は同じ。面白くないですか?

 

 

≪関連記事≫

⇓宿儺の正体とは

amedot.hatenablog.com

↓五条の真髄は自由なだけじゃない

amedot.hatenablog.com

 

⇓考察集

amedot.hatenablog.com

【呪術廻戦】六眼やフィジカル天与呪縛は”魂の可能性”

FBで特異体質だと説明された

『六眼』

そして呪術に多数居る

『天与呪縛』

そして

『術式』

これらは

『魂の可能性』ではないだろうか

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ネタバレ範囲は0~17巻に加え公式ファンブック(公式FB)を含みます

 

 

【目次】

 

【天与呪縛は術式に近い】

9巻で夏油はフィジカルの天与呪縛であるパパ黒による『情報開示』を見て、「術師と同様に能力の底上げになるのは知っている」と述べた。

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呪術廻戦9巻/芥見下々

術師が『情報開示』によって能力が底上げされるのは『術式』”手の内を晒す”という自分にとって不利益な行為、『縛り』によって強化されるからだ。

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呪術廻戦3巻/芥見下々

ならば同様に『情報開示』によってによって強化を受ける『天与呪縛』『術式』似た性質があるということになる。

 

「何故似ているのだろう」

 

【特異体質】

呪術廻戦には『特異体質』というものが存在する。例えば脹相たち兄弟の『呪力を血液に変換できる体質』であったり、五条有する六眼の『サーモグラフィーの如く呪力を詳細に見れる眼』が現状公式で判明している『特異体質』だ。

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呪術廻戦12巻/芥見下々

そして『天与呪縛』

これは現状『特異体質』であると明言はされていないが、『天与呪縛』「体質」と言える。仮に見ての通り『天与呪縛』がただの『特異体質』だとしたらどうなるだろうか。

 

【特異体質と術式】

『天与呪縛』『術式』は特徴が酷似しており、それには意味が存在し『天与呪縛』『特異体質』であるとするなら考え得る可能性は2つ。

 

1.『天与呪縛』『特異体質』『術式』も根底は同じ

2.『天与呪縛』『特異体質』『術式』の特徴を併せ持つ

 

図で示すとこうなる↓

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『可能性②』である場合は一旦置いておくことにして、今回は『可能性①』について考えることにする

 

【術式も天与も特異体質】

術式天与呪縛『特異体質』なら、術式が肉体に刻まれているのも納得ができる。術式が遺伝するのも分かる。「体質」なのだから。

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呪術廻戦2巻/芥見下々

六眼も術式『特異体質』なら、天与呪縛と同様に術式開示による強化が行える可能性があるということになる。

 

そして『術式』『天与呪縛も全て『特異体質』の一種なのだとすれば、肉体は魂と深く関係するのだからそれらは全て『肉体の形の違い』ないし『魂の形の違い』によって生まれていると言える。更に呪力も感情という『魂の代謝によって生まれるのだから、呪術廻戦における異能力は全て『魂』に起因していることになる。

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呪術廻戦3巻/芥見下々

呪力

術式

天与呪縛

特異体質

『魂の可能性の形』なのだ。

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呪術廻戦16巻/芥見下々

 

↓「人間の可能性」は「自由」なことにある

amedot.hatenablog.com

 

↓真人の「可能性」とは

amedot.hatenablog.com



【呪術廻戦】黒閃の呪力の核心とは魂の「変質作用」に在る

呪力の核心とは何でしょうか

黒閃によって近づくのは

宿儺が領域展開を

「本物の呪術」と言ったのは

どうしてでしょうか。

仮にこれらに意味があり

全てが繋がっているのなら

「呪力の核心」とは 「変質作用」

ではないでしょうか

ネタバレ範囲は0~16巻です。 特に9巻の重大なネタバレを含みます。

【目次】

【物質から呪具への変質】

呪霊は呪力が無ければ祓えない

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呪術廻戦1巻/芥見下々

物質は呪力を浴び続けることで呪具へと変化する。

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呪術廻戦5巻/芥見下々

そしてパパ黒や禪院真希のような全く呪力を持たず扱えない者でも呪具とその効果を発動させることができる。

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呪術廻戦9巻/芥見下々

つまり本来は呪力を発することはなく呪霊に対して効果をもたないはずのただの物質がとある段階から「呪力を発するようになる」ということだ。 これには3つの可能性が考えられる。

①呪具の呪力は劣化しない

②物質にも魂が存在する。魂は産まれる

③呪力によって物質が変化した

 

のように一度込められた呪力が劣化しないのならばただの物質が呪具になってもおかしくはない。六眼を有する五条が術式を使っても呪力切れを起こさないように呪具も呪力切れが起こらないのなら呪力を発する理由が説明できる。

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呪術廻戦16巻/芥見下々

ただし何度も呪力を流さないと物質は呪具にはならない。つまりただの物質は呪力を浴び続けることで五条のように呪力を消費しない存在に変化すると考えられる。 は以前記事にした通り、真人が言うには感情は魂の代謝であり、呪力は負の感情によって産まれる

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呪術廻戦2巻、4巻/芥見下々

これらが正しいのなら「呪力は魂の代謝である感情から産まれる」はずであり、本来呪力を生むのに魂は不可欠なはず。ならば呪力を発しているはずの呪具は魂を有していないとおかしい。 なので万物に魂は存在し、呪力を浴びせることで出せる呪力量が徐々に変化して呪具になるのではないだろうか

amedot.hatenablog.com

 

次に非術者の体が呪力によって変質するように物質も呪力によって変質し、その変質効果によってただの物質は呪力を発するようになったのではないだろうか。

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呪術廻戦0巻/芥見下々

これらのうちどれが正しいかは現状判断することは難しい。しかしも呪力には「何かを変質させる力が存在する」という点で一致している。 物質を変質させており 魂を変質させており 事象を変質させているように 呪力には「変質作用」があるのではないだろうか

 

【変質作用で繋がる点と点】

ここからは呪力には「何かを変質させる力」があるとして考えてみよう。実はそうすると意味があったと考えられる描写がいくつかある。

≪術式は家電≫

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呪術廻戦1巻/芥見下々

五条が言うには呪力は「電気」で術式は「家電」のようなものらしい。つまり呪力は「エネルギー」であり術式は「それの方向性を決める物」とも言えるはずだ。

すると、呪力に「変質作用」があるのだとすれば術式はその方向性、「何を変質させるか」を決めていることになる。

幾つか例を出すと

呪言:言霊に強制力を持たせている

=言霊が変化している

無下限:至る所にある無限を

    持ってこれる

=現実を変化させている

十種影法術:影を操る

=影を変化させている

といった風に

 

≪領域展開≫

そんな変質の方向性を持たせる呪術だが最高峰と呼ばれる技術がある。

そう。「領域展開」


領域展開とは

1.結界を張る(省略可能)

2.生得領域の具現化

3.術式の付与

を行うことで術式の必中化、バフ等を可能にする極致。

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呪術廻戦5巻/芥見下々

だがこれも見方を変えれば「現実」を異なるルールが支配する「異空間」へと「変質」させているとも言えるはず。

呪力に「変質作用」があり、術式には「変質の方向性を決める力」があるのだとすれば、「世界を変質させる技」である領域展開が「本物の呪術」であるのは納得ができる。

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呪術廻戦2巻/芥見下々

≪印相≫

領域展開や無下限の発動時に必要な特殊な手の形。実は「印相(印契)」と呼ばれる元ネタがある。

分かりやすい例で言うと奈良の大仏がしているあの手の形も一種の印相だ。

東大寺の大仏

narashikanko.or.jp

印相は修行僧が行ったりする。

何故か。

ざっくり言うと

お釈迦様のような偉く強力な存在が「この手の形はこんな意味(力)がある」としている。修行僧はその手の形を模倣することでその意味にあやかることができるのではないか、力を再現できるのではないか。と考えて印相を真似している(自身の思想を表す印相もある。座禅のときに組む印相は力にあやかる印相)

 

そして実は現実の呪術にも模倣という概念がある。

例えば雨乞いをする際に太鼓をたたいたりするのは雨が降り雷がゴロゴロとなっている状況を「模倣」することで雨という恩恵をあやかろうとしているのだ。

そう考えたとき呪術廻戦における領域が「世界を変質」させているのなら、その展開において印相という超常的力に頼らざる得ないのは自然だろう。

(参考文献:金枝篇 上・下)

 

≪反転術式≫

以前の記事でも説明したので割愛するが反転術式では与幸吉(メカ丸)を治せないため反転術式には「復元する力」があると考えられる。

そして五条の蒼と赫は真逆の性質を持つので呪力と+エネルギーも同様に真逆の性質を持つと考えられる。

そして「復元」「変質」

真逆の性質と言える。

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≪無為転変≫

無為転変は魂の形を変質させる力が存在する。しかし七海ほどの呪術師になると無自覚に呪力で魂を保護しているため何度か触れる必要がある。

何故だろうか。

呪術廻戦において、ただ呪力が多いだけで能力の効果が薄まることは現状無い。ブギウギの交換に対しても投射呪法のフリーズに対しても呪力が多いから術式が発揮されません、効果が薄いですということが無いように、無為転変だって十全に発揮できないとおかしい。ましてや仮にも特級である真人の呪力量から繰り出される術式による攻撃を七海が「無意識の保護」程度で数回やり過ごせるのは少し不自然。

だが仮に呪力に「変質作用」があるのなら、真人が無為転変の「変質作用」によって自身の魂の形を維持することができるように、呪力の「変質作用」によって自身の魂の形を維持することが出来るはずだ。

無為転変と呪力の「変質作用」が相殺し合っているのならば呪術師に対する無為転変の威力が低すぎることも説明がつく。

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≪呪言は対呪霊技≫

呪言は呪霊に対して強い技であって人間に対しては来ると分かっていればそこまで怖い技ではないらしい。

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呪術廻戦5巻/芥見下々

何故だろうか。

呪言は言霊を術式によって強化して他者に強制する技。他者への強制という点で若干無為転変に似ている。

仮に無為転変のように呪言も魂に作用し変質させているのならば、無為転変に呪力で対抗できるように、耳から脳にかけてを守ることで呪言が魂へと入ってくる経路を防ぎ、変質を妨げられるのも説明できる。

 

≪術式が刻まれる≫

これも以前の記事で少し書いたが、五条が虎杖に宿儺の術式が刻まれると判断したのは何か根拠があるはずだ。

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呪術廻戦1巻/芥見下々

それが仮に一巻で言っていた「混ざっている」からなら、六眼は呪力を詳細に見ることができる眼なのだから、「呪力が混ざると術式が刻まれる」と考えられる。

そして呪力に何かを変質させる作用があるのなら他者の呪力によって肉体が変質し、他者の術式が刻まれてもおかしくない。

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≪成れの果てと特異体質≫

獄門のような術師の「成れの果ての呪物」「何らかの環境」によって生まれているのだとすれば「何」で成れ果てるのだろうか。

仮に術式のような特定の条件によってのみ成れ果てるのではなく(術式を含めると可能性が無限大すぎるので除外)、成れ果てる条件が術師なら一般的に扱えるものならば、最も考え易いのは「縛り」「呪力」だろう。

九相図が生命を止め他者に害を与えない代わりに存在を保証したように獄門も呪物に成った可能性はある。

ただし獄門は他者を封印することができる。「害を為す」ことができる。他の縛りによって呪物に成った可能性はあるが少なくとも九相図と同じ縛りで呪物にはなっていないはず。

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呪術廻戦8巻/芥見下々

次に呪力。呪力に「変質作用」が存在するのなら術師が呪物に「成れ果て」たとしてもそうおかしいことではない。

≪黒閃と呪力の核心≫

黒閃によって術師は呪力の核心へと近づく。経験者と未経験者では呪力の理解について天地の差があると言われるほどに。

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呪術廻戦6巻/芥見下々

何故だろうか。

黒閃とは呪力と肉体の誤差が1000万分の1以内のときに発動し「空間が歪み呪力が黒く光る」技術。もちろん呪力は普通は黒く光らない。パンチで空間が歪むことも普通はあり得ない。つまり普通はありえない現象を起こしている。

領域展開と同じく

現実を「変質」させている。

この「変質」を黒閃によって強く経験するから術師は「呪力の核心」に近づくのではないだろうか。

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呪術廻戦6巻/芥見下々

黒閃で理解する

呪力の”味”

「呪力の核心」

呪力に存在する

「変質作用」ではないだろうか。

 

【もしも】

もしも呪力の「変質作用」によって世界物質人体までもが変質するのなら

彼女

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呪術廻戦7巻/芥見下々

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虎杖悠仁

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「あの御方」

呪力によって変質しているかもしれない