禪院直毘人と禪院直哉が使う
「投射呪法」について解説します。
「投射呪法の原理」、
「なぜ投射呪法は加速するのか」
これらについて解説しています。
ストーリー的なネタバレは皆無です。
単行本派、アニメ派の方もどうぞ。
※ただしあくまで個人の解釈となります。芥見先生が考えているものと100%同じであるという保証はできません。

【目次】
【動画のしくみ】
投射呪法について説明する前に、
「動画」の仕組みについて解説します。
「動画」は文字通り動く絵画ですが、
実は厳密には動いていません。
少しずつ時間をずらした絵を高速で切り替えることで「錯覚」させています。厳密には0.1秒や0.01秒ごとに見れば瞬間移動するタイミングがありますが、人間の脳はそれを認識できず、動いたと錯覚します。
そしてゲーマーなら聞きなじみがある「fps(視点の話ではない)」は決められた時間あたりの絵の枚数のことです。
つまり時間が1秒、枚数が60枚なら
60fpsとなります。
1秒ごとの静止画の枚数が多いほど、「fps」が高いほど、アニメでいう「作画が凄い(ヌルヌル動く)」になるわけです。
≪まとめ≫
「動画」は時間がずれた静止画を
高速で切り替えることで
動いていると「錯覚」させている。
(パラパラ漫画と同じ原理)
そして時間あたりの枚数のことを
「fps」と呼ぶ。
【投射呪法】
「動画」について理解できれば「投射呪法」についてほぼ理解したと言っても過言ではありません。
結論から言うと「投射呪法」は、
脳内で作り出した「動画」を
「具現化(再現)」する術式なのです。
では実際に作中の説明を見てみましょう


これから分かる通り原理は
①対象者の視野から静止画を作る
②24fpsの動画を脳内で描く
③具現化(再現)する
この3つだけです。
動画が描けなかった際にフリーズするのは「静止画」が再現されるから。
過度に物理法則や軌道を無視した動きを作った際にフリーズするのは「動画」にならないからです。
例えば、2枚の絵があって、
1枚目には右端に棒人間が立ち、
2枚目は左端に立っているとする。
それは2枚の「静止画」であって、
「動画」ではないですよね?
「動いた」のではなく、
ただの「瞬間移動(ワープ)」です。
そして、
『物理法則を無視した動きを再現』
これも「動画」を「具現化」する術式
とは別の能力になってしまいます。
ただの「現実改編」です。
「瞬間移動」も「現実改編」も
「動画の具現化」ではないので
具現化できずフリーズするわけです。
つまり「投射呪法」とは、
はじめの画角から静止画を作り、
それを元に脳内で「動画」を作り、
現実に投射(再現)する能力なのです。
【理系に向けた補足】
「動画」の解説通り、「動画」は現実と違い動いていると「錯覚」させているだけで、どれだけ作画が凄くても静止画の集まりで「動いて」はいません。
これをそのまま現実に再現すれば、1秒間に24回瞬間移動することになります。瞬間移動を繰り返して移動する人間に「運動エネルギー」は発生しません。動くから「運動エネルギー」が発生しうるのです。つまり攻撃ができないことになります。
動画(二次元)を現実にする『歪み』。
投射呪法で加速する原理はここです。
「動画」が人間の脳を介して空白を消し、「動いている」と錯覚させているように「投射呪法」は脳内で作り出した24fpsの動画にあるはずの「空白」を術者の速度を上昇させて補っているのだと思います。
この24fpsの空白を埋める「加速」を繰り返すことで動画に変換する際の許容値を広げているのです。
要するに、秒速1mの人間が1秒後に100m先にいれば「瞬間移動(二枚の静止画)」扱いになりますが、秒速100mの人間が1秒後に100m先にいれば「移動した(動画として成立する)」扱いになるということです。
空白を埋める加速でベースの速度を上げ、
動画として成立する許容値を広げる。
これを繰り返し理論上無限の加速を行う。
これが直哉が亜音速になった原理でしょう。
【結論】
つまり、
術師が「1秒24枚の静止画をイメージ」。
術式が
「24fpsの動画を作成」し、
「動画を現実に再現するために、
静止画間の空白を補うための加速を行う」
これこそが投射呪法となります。
だからアニメーションの術式であり、
特殊な動きの加速が行われるのです。
投射呪法を理解する肝、ここと思っていて、よく言われる、
— あめどっと (@amedot_r) 2023年10月26日
『アニメーションを再現』
だけでは、ここ(ワープ&静止画に運動量はない)が問題
『プログラミング通り動くことで速くなる』
だけでは、加速する理由、アニメである必要性、真希に特殊と言われる納得がしにくいのが問題
両方で考えないとダメ https://t.co/oGjyJw9Mjw
↓「相伝の術式」とはなにかという考察です
⇓禪院直哉は成り果てる?